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ふるさととっとり

 とっとり福めぐり

国の成り立ち神話が記されている日本最古の歴史書「古事記」。
エミネットのふるさと鳥取県にはその舞台とされる場所が各所に点在しています。
数々の神話伝承が残る鳥取県内の寺社仏閣をご紹介いたします。

最終回

年間20万人以上訪れる金運・開運の地

もち神社

2021.3.3

金持神社
金持神社御朱印

天や宇宙を象徴する神をまつる由緒正しい金持神社

鳥取県西南部に位置し、その境を岡山県に接する中国山地の山間の町に静かに佇む金持神社には、金運・開運を求めて全国から年間20万人以上もの参拝客が訪れます。

金持神社は、天之常立尊(あめのとこたちのみこと)、八束水臣津努命(やつかみずおみずぬのみこと)、淤美豆奴命(おみずぬのみこと)を御祭神とする、国土経営、開運、国造りの神様をお祀りしています。
中でも天之常立尊は、天と地が初めて開けた天地開闢(てんちかいびゃく)の際に出現した五柱の別天津神(ことあまつかみ)のうち、最後に現れた神です。
高天原(たかまがはら)そのものを神格化し天の永続性を表したといわれており、天之常立尊を主祭神とする神社は全国でも珍しいとされます。

810年、伊勢神宮参拝のためこの地を通りかかった出雲の神官の次男が、道中安全のお守神として身につけていた根付の玉石が急に重くなり、この地に置いて向かったところ、神夢があり、その玉石を氏神として宮造りしたと伝えられています。

〈左〉鳥居の向こうには、約100段の石段が続く。〈右〉石段の途中にある、樹齢600年以上といわれる鳥取県の名木百選に指定された御神木『チャンチン』の木。チャンチンは薬木で、この地で盛んだった製鉄によるやけどに樹液を、目を痛めた際に赤い実を目薬として用いるため、中国から取り寄せたと考えられている。

日本で一番景気の良い〝金持〟の名が付いた理由

神社のある金持郷は、かつて黄金より勝ると言われた玉鋼(たまはがね)の産地として、良質の砂鉄が採れる谷が多くありました。
鉄のことを〝金(かね)〟と呼んでいたことから縁起の良い〝金持〟という地名になったと伝えられています。

この地の豪族・金持景藤(かげふじ)は、鎌倉幕府によって配流(はいる)された後醍醐天皇が隠岐島(おきのしま)から脱出した際、天皇を奉じて倒幕の軍に参加し大活躍しました。
その際、金持神社に必勝祈願をしたと伝えられています。
全国の〝金持〟姓のルーツはここにあるとされています。

現在、金持神社は、その名前にあやかって願掛けに訪れる参拝客の金運・開運祈願のパワースポットとなっています。

〈左〉金持神社のふもとにある札所(ふだしょ)では、金持神社にちなんだ縁起物のお土産物を販売。中でも人気の『黄色いハンカチ』は、宝くじを包み、目線よりも高いところへ置いて当選祈願すると良いとされる。〈右〉金持神社札所(売店)でのみ販売されている『棚からぼた餅』。日野産のもち米とうるち米を使った、小豆の風味豊かなぼた餅。※通販不可

日本古来の製鉄法『たたら』とともに栄えた地

中国山地の山間に位置する日野郡周辺は、豊かな水と森林に恵まれ、砂鉄を原料、木炭を燃料として用いる日本古来のたたら製鉄の一大産地を築いた地域です。
刃物に最適な素材である玉鋼の産出に優れ、平安時代の名刀工・伯耆安綱(ほうきやすつな)は、この地域の優れた鋼を用いたからこそ、国宝『童子切(どうじぎり)』や重要文化財『鬼切』などの名刀を鍛えることができたともいわれています。

神話の時代から今に至る山陰の歴史を遡(さかのぼ)ると、たたらの存在が、文化や地域経済の発展にも大きく関わり、福をもたらしてきたものであったことが分かります。

とっとりの福めぐりは今回で最後となりますが、まだまだ奥が深そうです。
スマイルアップでは、エミネットのふるさと鳥取県や山陰の情報をこれからもお届けしてまいりますので、ぜひお楽しみに♪

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